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2012/11/23(金)
【だんようこ】始末
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やましたひでこ公式メールマガジン「断捨離」
2012・11・23 No.420
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◆今日の断捨離 始末
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FROM だんようこ
ごきげんさまです。
断捨離トレーナーのだんようこです。
先日知り合いの方が、
亡くなったご両親の家をいよいよ片づけようと決心。
そこは、生涯一度も引っ越したことのない地方の旧家。
お父様は、35年前、お母様は15年前に亡くなられた。
お父様のものもそのまま・・・。
ずっと手つかずだった。
とても自分でできることではないので、
廃棄業者に依頼した。
それが、トラック30台分150万円!
びっくりしたが、いたしかたない。
それしか方法がない。
自分は、年に2回ほど家に風を通しに帰る程度だった。
当日、業者さんが15人で
家中のそのままにしてある生活用品を
どんどん運び出していく。
さすがに身体から力が抜けていく。
心が折れそうだったと。
15年間手つかずにしていたのは、
忙しくもあったが、
やはりそこに自分が生まれ育った
幻像があるから。
捨てる辛さと、向き合うことを避けていた。
ようは、先送りしていたのだ。
思いを手放すのに時間が必要だったのかもしれない。
あまり時間が経ちすぎた、
家は、光は差し込まず空気は停滞し、
さらに滞積したモノで、
異様な雰囲気を醸し出していたようだ。
途中、空き巣にも会い掻き乱された
荒れ果てていくばかり。
もう、残されたものを手に取って、
懐かしむ気さえ起きない。
いい思い出は、時間とともに朽ちていった。
そして、自分は打ち捨てていたのに、
他人の業者の扱いに、また心穏やかでない。
どんな扱いか?
乱暴で、まるでゴミのあつかい。と言葉にでる。
そう、廃棄業者さんにとってはゴミ。
そこまで想像していなかった。
こんな扱いをうけるくらいなら、
やっぱり、自分でありがとう、さようなら。
と、お別れするほうがまだ心にけりがついた。
両親のモノをあんな捨て方をしてしまったと、
今度はそのことを悔やむのではと思えた。
モノと出逢う嬉しさ、
モノとともにある喜び、
モノを始末する痛み
これを、強く受け止めなければならない。
自分で取り入れたものは、自分で始末する。
その流れの中での痛みは、一瞬。
そしてその痛みは、次への学びとなる。
その辛さが次に活かされるのだ。
それこそ、去って役に立つということだ。
さて、この話を聞いて、
急いで実家に捨てさせようと
思わないでくださいね。
そう願いつつも、やっぱり自分のモノからが早道です。
自分が行うこと。
自分は、日々ちゃんと始末つけると決心しましょう。
周りの家族は、自分の望む速さではないけれど、
いずれ必ず、望ましい状態になる。
自分の詰まりが取れてさえいたら・・・。
それが、断捨離のプロセスです。
本当に愛しいならば、引き受ける時の「断」する勇気、
始末する時の「捨」が覚悟できますね。
そうやって、勇気と覚悟をもって生きていきましょう。
What’s danshari ? Let’s danshari ! Viva danshari ♪
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