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【やましたひでこ】完了すれば、手放せる
2026/04/09(木)
【やましたひでこ】完了すれば、手放せる
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ごきげんさまです。
断捨離やましたひでこです。
先日、岐阜にある
ホリスティック医療を実践する
「船戸クリニック」で
講演をさせていただきながら、
ひとつ、あらためて腑に落ちたこと。
講演のご報告は、このブログでぜひ。
私たちは、
完了していないことに、心を奪われる。
やらなければならないこと。
したいと思い続けていること。
気になっていること。
終わらせたいこと。
それらが「未完了」のまま残っていると、
私たちは、ずっとそれを思い続ける。
忘れたつもりでも。
手放したつもりでも。
心のどこかに、引っかかっている。
それが、思い煩い。
断捨離の現場でも、よく見かけます。
モノを手放せない理由の奥にあるのは、
未完了の感情。
モノそのものではなく、
終わっていない“何か”を抱えている。
だから、手放せない。
逆に言えば。
完了すれば、手放せる。
ここでいう完了とは、
やり切ることだけではなく、
認めること。
受け入れること。
区切りをつけること。
「これでいい」と決めること。
断捨離とは、
未完了を完了させていくプロセス。
そして。
完了とは、
外側ではなく、内側で決まるもの。
つまり。
片づけられない、のではなく、
片づけていない。
捨てられない、のではなく、
捨てていない。
違いは、ひとつ。
完了しているかどうか。
思い煩いがあるとしたら。
それは、
まだ完了していないというサイン。
ならば。
無理に忘れようとするのではなく、
きちんと向き合う。
そして。
終わらせる。
そうすると。
不思議なほど、気持ちが軽くなるのです。
断捨離とは、
未完了をひとつずつ減らしていくこと。
つまりそれは、
ごきげんに生きるための技術。
そしてきっと、
ごきげんに人生を終えるための準備。
と、ここまで綴って、慮(おもんぱか)る。
私の未完了とは、なんだろう。
正直に白状すれば。
ある人に対して、
言いたいことがあるのに、言っていない。
それは、批判でもあり、
ともすると、攻撃ともなり、
そして――
相手に気づいてほしい、
変わってほしいという、
私の執着。
……ああ、これも未完了。
そんなことを思っていたら、
もうひとつ、未完了が浮上。
そう。
引き出しにずっと溜め込んでいた
小銭たち。
いつか銀行に持っていこうと思いながら、
放置。
ようやく、ATMへ。
何度も何度も投入。
(1回100枚まで※ ご存知でした?)
はい、完了。
そして。
プチ・スッキリ(笑)
そうですね。
大きなことから、小さなことまで。
私たちは、
たくさんの未完了に囲まれて生きている。
未完了=停滞(留)
完了=流動(流)
ならば。
小さな完了から。
そう、
不要なモノをひとつ捨てることから。
断捨離とは、
流れを取り戻す行為なのだから。
ありがとうございます。
やましたひでこ
※銀行により1回50枚までのATMもあり
* * *
\\\ いよいよ来週!4/15(水)開催 ///
やましたひでこ講演会 in 町田
捨てることは選ぶこと
ー断捨離という生き方ー
おかげさまで満員御礼!
ブログ:https://ameblo.jp/danshariblog/
断捨離やましたひでこ公式Instagram ID:
danshari_yamashitahideko
What’s danshari ? Let’s danshari ! Viva danshari ♪
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◎編集後記
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人生のいわばTODOリストに、
いつになっても未完了のままのことがあって
書き直すたびにモヤッとするのですが(苦笑)
完了させるかさせないかは、すべて自分次第
ということですね。
「完了とは、外側ではなく、内側で決まる
もの」……思わず唸ってしまいました。
山本 響子<断捨離事務局>
この記事の執筆者について
やましたひでこ
クラター・コンサルタント
東京都出身。石川県在住。早稲田大学文学部卒
学生時代に出逢ったヨガの行法哲学「断行・捨行・離行」に着想を得た「断捨離」を日常の「片づけ」に落とし込み、誰もが実践可能な自己探訪メソッドを構築。
断捨離は、心の新陳代謝を促す、発想の転換法でもある。
全国展開している「断捨離セミナー」は、年齢、性別、職業を問わず受講者から圧倒的な支持を得ている。
処女作『断捨離』<マガジンハウス>は、日本はもとより台湾、中国でもベストセラーとなり、『俯瞰力』『自在力』<いずれもマガジンハウス>の断捨離三部作他、著作・監修を含めた関連書籍は累計300万部を越えるミリオンセラー。
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