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2021/03/15(月)
【やましたひでこ】愛着なのか、固着なのか
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おはようございます。
断捨離のやましたひでこです。
3月15日、月曜日
<旧暦如月三日>
桜が開花を迎えている。
それは、それは美しい。
私が今過ごしている鹿児島、
断捨離®︎指宿のリトリート「リヒト」の桜たち。
早いですよね。
ここ何年も、お花見などしていないので。
ここ何年も、爛漫の桜を逃していたので。
このゆとりある時間が有難い。
そういえば、
二十四節気「春分」まで、あと五日。
春分とは、自然をたたえ、
生物を慈しむ日。
ならば、今年は、ようやく春分本来の
意味を味わえるのかもしれない。
思えば、去年の春分の日から
私の「激動の日々」が始まった。
過去を振り返ることなど
滅多にしないから、
過去を思い返しても
意味もないと思っているから、
過去を思い出すことすら
忘れてしまうから、
だから、「激動の日々」と
口には出したものの、はたして、
本当に激動だったのか、
実は心許ないくらい。
けれど、実際、昨年の春分に日に、
東京の新しい根城マンションに引っ越して。
1年後の今、東京を遠く離れ、
ここ指宿にいて、しかも、
自らプロデュースして立ち上げた
リトリートが居所となっていることを思えば、
やはり、激動だったのでしょう。
そうですね、私たちが、
一番捨て難いのが、家という建物。
一番離れ難いのが、馴染んだ土地。
一番断ち難いのが、血縁の家族。
それは、愛着なのか、固着なのか。
それは、絆なのか、しがらみなのか。
それは、保護なのか、制限なのか。
そのどちらか、判別しようもなく、
そもそも、判別さえも
意識せずにいるのがたいてい。
だとすると、
愛着、絆、保護という価値あるものが、
時に、固着、しがらみ、制限という
不自由を自分にもたらすことも。
その逆、
固着、しがらみ、制限という不自由は、
時に、愛着、絆、保護という
価値あるものを自分にもたらすことも。
そのどちらもあることを
覚えておかなくてはいけない。
なぜなら、私たちは、
片方の視点に偏ると、
ひとつの視座にとどまると、
自分に今ある大切なものに
気づけなくなってしまうから。
有り難うございます。
今日も、
あなたにとって、
わたしにとって、
最善最良最高の道が
用意されますことを。
やましたひでこ
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◎編集後記
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昔は、ひとつの視点からしか
物事を捉えることができなかったので、
自分で自分を苦しめていたな…と
思います^^;
もちろん、まだまだ
偏ってしまうこともありますが
いろんな視点があるということを
認識しているだけでも、きっと
大きな違いがありますよね*
間中亜衣
この記事の執筆者について
やましたひでこ
クラター・コンサルタント
東京都出身。石川県在住。早稲田大学文学部卒
学生時代に出逢ったヨガの行法哲学「断行・捨行・離行」に着想を得た「断捨離」を日常の「片づけ」に落とし込み、誰もが実践可能な自己探訪メソッドを構築。
断捨離は、心の新陳代謝を促す、発想の転換法でもある。
全国展開している「断捨離セミナー」は、年齢、性別、職業を問わず受講者から圧倒的な支持を得ている。
処女作『断捨離』<マガジンハウス>は、日本はもとより台湾、中国でもベストセラーとなり、『俯瞰力』『自在力』<いずれもマガジンハウス>の断捨離三部作他、著作・監修を含めた関連書籍は累計300万部を越えるミリオンセラー。
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