断捨離 | やましたひでこ公式サイト

断捨離®の著者、やましたひでこの公式サイト

 

ホーム  /  断捨離体験談2021(入選:sumotomoさん)

断捨離で新生した 私の物語

– sumotomoさん

5年前に断捨離を始めて、自分の生活と自分自身が、想像できなかったほど大きく劇的に変わった。ビフォー断捨離の私は何をするにも「どうせ上手くいくはずがない」「やってみたいけど私には無理」と初めから自分に自分で制限をかけ、あきらめがちな人生だった。「夢」とか「挑戦」という言葉とは無縁だった。夢をもって挑戦する人は特別な人だと思っていた。
 

そんな私だったが、数年間、断捨離を続けてきた今の私には、生まれて初めて夢ができた。夢を実現させるために毎日、楽しくわくわく努力を続けている。そして夢に向かって挑戦している。こんな自分に自分がとても驚いている。
 

公立小学校で25年間働いた後、2016年3月末に退職。多忙を極めた仕事から解放された私は、毎日のように習い事、ボランティア、好きな映画や展覧会に出かける日々だった。外では自由な時間を満喫していた。その一方で家ではなぜか落ち着かない、違和感があった。
  

初めは何が違和感なのか、自分でも分からずに過ごしていた。そんな私がふと手に取った本、それがやました先生の『断捨離』だった。「そうか!」と様々なことが腑に落ち、目から鱗が落ちる思いだった。当時の家は自分にとって、居心地が良くない家だと初めて気づいた。不要、不適、不快なモノであふれていた。
 

まず、当時の服は、ほとんど全てが仕事用だった。入学式・卒業式、保護者会などに着るスーツにワンピース、運動関係のジャージ、Tシャツ、ポロシャツ、トレーナーに水着等。更に普段の授業用。授業用の服は、とにかく動きやすい、気を遣わずに洗濯ができる、子供たちの集中をそがないように大きな文字や柄などがないものを選んでいた。今考えれば、そこに自分が着たい色やデザインなど入る余地は全くなかった。言ってみれば仕事着、ユニフォームでいっぱいのたんすやクローゼットはまさに「服はたくさんあるのに、朝、着たい服がない」状態そのものだった。
 

うちの間取りは6畳の和室にリビング、と4畳半ほどの洋室。だが、そんな着たくもない服、そしてもう使うこともないであろう仕事用の本、雑誌、書類などで和室がいっぱいだった。まず、傷んだ服や着る機会のなさそうなジャージ類を次々と処分し、同時に引き取ってもらえそうな服については一年くらいかけてリサイクルショップに通い手放していった。本や雑誌も同様に、必要な人に貰ってもらったり売ったりを繰り返し、手放していった。
 
 
その当時4畳半ほどの洋室は夫の趣味の物が詰まったパソコンルームだった。仕事関係の服、本などの断捨離を進めていたある日、ふと、私の居場所はリビングのテーブルだけだと気づいた。そして、その頃心の奥で、「もっともっと、光や風や緑を感じる家にしたい。」という思いが生まれた。同時に「自由に考えたり、読んだり書いたりできる部屋が私にも欲しい」という思いが生まれた。
 

夫の部屋と、服や本の物置状態の和室が、ベランダ向き、南側であるにもかかわらず、その2部屋が物でいっぱいでとても、光や風が自由に入る部屋ではなかった。その頃の私にとって、光、風、緑を感じる理想の部屋で自分が過ごせるようになることは夢のまた夢、とても実現しそうにないことに思えていた。
 

それでも、時間を見つけてはやました先生の本やテレビ番組を参考にして少しずつ断捨離を続けていった。断捨離が進み、和室とリビングがすっきりしてきた頃、夫に「私も部屋がほしい」と話をしてみた。その頃は4畳半の洋室が夫の趣味の部屋で、6畳の和室を自分の部屋にすることには少し気が引けていた。夫は今の状態に不満があるわけではなかったようで、和室を私の部屋にすることをすんなりと受け入れてくれた。
 

ところがここで一つ問題が持ち上がった。和室の大量の衣類や書籍などは手放せたものの、どうしても行き場所が思いつけない大物が残っていたのだ。それは夫の趣味の楽器のケースだった。いくら考えても大きな楽器ケースを入れられる場所が思いつけなかった。「自分の部屋がもてる!」とわくわくしていた気持ちが、一気にしぼんでいった。
  

「あと少しで自分の部屋がもてるのに…」と、今までの私だったらここでくじけていたかもしれない。けれど断捨離のお稽古を日々、繰り返してきた私はこんなことでめげてはいられなかった。「どうにか突破口が見つからないか」と寝ても覚めても考え続け、とうとうこれ以上ない、良い考えに思いいたった。それは、私は狭い部屋でも全く構わないので、夫に和室を使ってもらうことだった。ただ夫は現状に不満がない状態で、大量のモノを移動させる必要性を感じていない、果たして何と言えば夫が動いてくれるのか。
  

「ねえ、ここをスタジオにしない?」この一言で夫のやる気スイッチが一気に入り、あっという間に自分のモノを移動してくれた。そして念願の自分の部屋を手に入れることができた。
  

夫が協力してくれることも増えてきて順調に断捨離が進んでいくにつれ、我が家の違和感は床の問題が大きいことにも気づいた。現在の家は独身時代から夫が暮らしているマンションで、結婚と同時に私が引っ越してきた。和室の一部屋以外、床は入り口から全て建築当初のままジュータンがしきつめられていた。真夏の暑さが何よりも苦手な私にとって、寒い冬はともかく床は裸足で気持ちよく歩ける方がいいと気づいた。そして床をフローリングにした。今では真夏も裸足で居心地よく過ごしている。
 

断捨離を始めてから様々なモノやコトを手放していった。そして今は自分の部屋も手にいれ、光と風と緑が感じられる家を手に入れた。心にもゆとりができ家がいつもすっきりとしていることで、いつでも気軽に誰かを家に誘えるようにもなった。今はどこへも行かずとも、家で充実した時間を過ごしている。
 

断捨離を始める前と今とで一番違うことは生まれて初めての夢ができたこと。今の夢は断捨離トレーナーになること。夢ができてからの毎日の生活はわくわくしている。そして生活にはりが出てきて、色々なことであまり悩まなくなった。これからたくさん勉強をして、一日も早く断捨離トレーナーになり、少しでも皆さんの役に立つことが私の願いだ。

サイト内検索

 

 

記事一覧

人気ランキング

 

 

 

断捨離塾について

外部サイト