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本棚の断捨離から見えた隠れた思い

– あん さん

私はコロナ禍の今年六月、
待望の第一子を出産した新米ママです。
 
今は育休を取り、子育てに奮闘しつつ、
妊娠中から始めた断捨離を続けています。
 
育児中なので
なかなか自由な時間はとれませんが、
自分なりのペースで
「今、ここ、私」を模索する毎日です。

 

妊娠が発覚してから程なくして、
コロナが騒がしくなってきました。
 
初めての妊娠でただでさえ不安定な中、
終わりが見えないコロナの恐怖におびえる日々。
 
思い描いていたキラキラした妊娠生活とは違い、
メンタル的に大きな不安を抱えることに
なってしまいました。
 
それでも母になる日は刻一刻と迫ってくる。
 
仕事と妊婦健診、自宅の往復を繰り返す日々の中、
少しずつ大きくなってくるお腹を抱えながら、
母になるために自宅の環境を整え、
メンタル面も含めて棚卸しをしたい
という強い衝動に駆られていきました。
そんなとき、BS朝日の
「ウチ、“断捨離”しました!」を知りました。
 
毎週夫と二人で見ては触発され、
少しずつ共用スペースの片付けを始めました。
 
出産後の生活をイメージして身の回りを整え、
暮らしの中の小さな違和感にコツコツと向き合っていきました。

 

大分家はすっきりしたのですが、
私にはどうしても
長年手をつけられなかった領域がありました。
 
それは、過去の学業関係の資料です。
 
私は大学院生時代も含めると
約10年間学業に取り組んできたため、
沢山の書籍や書類がありました。
 
4年前に留学を終えて帰国する際に
大分手放したのですが、それでもまだ
本棚に所狭しと紙類が押し込まれていました。
 
特に留学時代のものは思い入れが強く、
二度と手に入らないかもしれないと感じていたため、
本棚はある意味聖域でした。
 
しかし同時に、
この本棚が過去の堆積物であることに、
私は気づいていました。
 
大切なものが詰まっているはずなのに、
本棚をみる度に複雑な気持ちになるからです。
 
母になるために、
過去に落とし前をつける必要がある。
 
母になるためのカギは
この本棚にあると感じた私は、
体調と相談しながら
書類一枚から断捨離を始めました。

 

私にとって本棚の断捨離に挑むことは
とても勇気のいることで、
この時点の心境として、
書類の全捨ては難しいと感じました。
 
まずは総量を減らすため、
明らかにお役目終了のものは処分し、
それ以外のものはスキャンしてから
原本を手放すことにしました。
 
ほこりをかぶり、黄色く変色した書類は、
どんなに認めることを拒んだとしても
隠しきれない時間の経過と、
人生のフェーズの変化をありありと映し出していました。
 
書類とお別れしながら、
何度も涙を流しました。
 
学位取得を断念し、
学業が未完のまま終わってしまった
悔しさや寂しさと向き合ったからだと思います。
 
内容を消化できなかった日本語の書物は、
必要ならばまた手に入ると考えて手放しました。
 
これら一つ一つとお別れすることは、
大げさなようですが
自分の中で一つの時代が終わったことを
ゆっくりと受け止め、
過去の自分をねぎらい、
資料にへばりついていた感情を
浄化させていくような作業でした。
 
つらい作業ではありましたが、
本棚を見る度に
成し遂げられなかった自分を情けなく、
後ろめたく感じていた気持ちから
解放されたような爽快感が生まれてきました。
 
後ろめたさから音信不通になっていた人々にも、
ようやく未完に終わったことと過去に対する感謝、
近況報告をすることができました。

 

断捨離を続けて、出産三日前の深夜。
夫が寝静まった後、私は本棚のある部屋で
突然浮かんできた思いをノートに吐き出していました。
 
私がずっと取り組んできた学科は、
私自身好きではあったものの、
元々は特に母親が好きだった領域でした。
 
優等生だった自分は、
徐々に膨らむ親の期待という重圧に
押しつぶされまいと必死で戦っていたけれど、
そのことがずっとしんどかったのだと
改めて気づきました。
 
妊娠中、なぜ近所の実家に
寄りたくなかったかについても、
自分なりの思いに気づきました。
 
実家に帰ると両親の夫婦仲が悪いことや
母と祖母のバトル、
嫁姑問題に触れざるを得ないことがしんどくて、
母としての本能で無意識に
自分や赤ちゃんの負担になる環境から
身を遠ざけていたのだと。
 
そして今、母に対するくすぶった思いを
克服しなければ、私は母が祖母と
繰り広げてきた悪夢を繰り返すことになる
という恐ろしい事実に気づきました。
 
親もまた、未熟さを抱えた
一人の人間であったという単純な事実を認め、
自分の価値観で生きて良いと自分に
許可できた瞬間でした。
 
さらに、
これまで育ててくれたことに感謝しつつ、
私は祖父母や親の世代が抱えてきた
負の遺産をここで精算し、
子どもに同じ思いを味わわせないと
心の中で誓いました。
 
どうやってこの思いを伝えようと思案しましたが、
臨月になっていたこともあり、
体力やメンタルの消耗を考えて
タイミングを待つことにしました。
 
そして予定日よりも10日ほど早い、
私と夫の交際記念日に、元気な男の子が誕生しました。

 

夫が育休に入るまでの数日間、
母にヘルプを頼んだ際に
タイミングが来たと感じ、
母と腹を割って話しました。
 
今まで母とは何度も衝突してきましたが、
今回は事前に自分の思いを整理できていたことや、
生後間もない赤ちゃんの前で
声を荒げたくないという気持ちもあったこと、
無邪気な赤ちゃんも場を和ませてくれたため、
冷静に話し合いをすることができました。
 
これまでとは違う
柔軟な私の姿勢を感じ取ったのか、
母も私に腹を割って話してくれました。
 
母とは長い間一対一で話しをすることが
少なくなっていましたが、
私が良かれと思ってしていた行動が
押しつけになっていたことを知り、
自分の我の強さを改めて反省しました。
 
お互いにこれまで抱えていた思いを
吐き出したことで、
風通しの良い関係になってきた気がします。
 
母との関係や家族の在り方に
まだまだ改善の余地はあるものの、
これからの家族の未来に明るい光が差し込んできました。

 

過去の資料たちは、
自分がまとっていた鎧でした。
 
押しつけられた親の価値観や、
不和がはびこるいびつな家庭環境の
象徴である一方で、
親の期待に応えようと頑張っていた自分、
自分自身が華々しく輝いていた時代の証。
 
だからこそ、
必死でしがみつこうとしていた半面、
その事実に向き合うのが怖くて辛かった。
 
「ウチ、“断捨離”しました!」の中で
やましたさんがおっしゃった、
 
「人生の中で物事が不完全に
終わってしまうことは往々にしてあるが、
過去に対する不全感にひきずられてはいけない」
 
「住まいは今の自分に合わせて
最適化していかなければならない」
 
という言葉が、私の断捨離の原動力になりました。

 

本棚の断捨離はまだ完成していませんが、
これからもきっと、
沢山のものとお別れしながら、
自分の隠れた思いに気づいていくのだと思います。
 
私がこれまでやってきたことと
今の自分との関係の問い直しは続いていて、
これからどうしていきたいのか
今も自分自身に問いかけています。
 
しかし、選び抜いたものが増えてきた本棚を見て、
もう重苦しい気持ちになることはありません。
 
必要以上に心を武装するのは辞めて、
自分自身の今を生きてよいのだと
許可することができてとても嬉しいです。
 
もっと身軽に自由になるために、
妻や母として成長し、
自分自身の人生を楽しむために、
未熟だらけの私の断捨離はこれからも続きます。

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