ホーム / 断捨離体験談2024(入選:ゆきさん)
『私は流れの中に生きている』
– ゆきさん
2023年の1月初め。
トレーナーである小林理恵さんの音読『大切なことはすべて日常のなかにある』…<043>時に助けてと言える勇気…に参加していて、『私、助けてと思っていたんだ。』と気がついて号泣。
それからが苦しい日々の始まりでした。
現実に生きている感が全くない。
夜は眠れず、食事も受けつけず、誰とも会いたくないし、話すことも億劫。TVもSNSも目にできない。
泣けて泣けて、夜になると身体がここにあることも感じられず、只々手を擦る。そうしていないとブラックホールに呑み込まれそう。
朝が来ると、また1日をこなさないといけないんだと絶望に襲われる。命を絶とうとは思わないけれど、生きるのが辛い。
幼少期から、自分の言葉を持たなかった。感情を殺して生きてきた。
助けてと思っても、心許せる人が誰もいない、誰とも繋がっていない。
心が居場所を探してさまよう日々。
日常に留まる為に、音読だけは参加しようと自分に課し、学ぶというより、ここに留まるために講座に参加できるようになったのが春も終わり頃。
少しずつ気づきを貰って、その都度奮い立たせ、少し動く。
それでも今年に入っても、私は浮上できていませんでした。
次に課したことは、とにかく「動く」ために、一人になる時間がなるべく少なくなるよう、誘われたもの、タイミングが合ったものには乗ること。
予定を詰め、動いては堕ちて、動いては堕ちてを繰り返し、さらに擦り減って。
その中で、この春、職場の異動。
そして、理恵さんの元、6カ月かけての講座…最終ゴールはリヒト…これに参加しました。テーマは『自由・自立・自在』
10月。何年か越しに、思い描いていただけのリヒトへ行くことができました。
リヒトでは引き算の生活とはいえ、温泉・ご飯・散歩に砂風呂、ライブラリー、美智代トレーナーのオラクルカード、みづゑトレーナーのヨガ、そしてお喋り。とにかく楽しく詰め詰めの時間。
夜になって…シーンとした部屋で一人、窓からの暗闇と小さな灯りを眺めながら、明けてゆく空を見ながら、色々なことをつらつらと思いだしていました。
病気認定されるのが怖く、逆に、もし軽くあしらわれたら立ち直れないと。私には断捨離があるから大丈夫と思い、それでもずっと葛藤し続けていたメンタルクリニックに9月に初受診。
先生曰く、「思考停止することでしか状況を受け止めきれなかったのでしょうね。ようやく感情が動き始めたのだと思います。よくここまで一人で頑張ってきましたね。」と言って頂きました。
ほっとしたと同時に思い浮かんだのは、『一人じゃなかった』…という思い。
この2年間通い続けている整骨院。
助けてと感じることができるようになったきっかけ。ほっとできる、安心安全を肌で、空間で感じることができる唯一の場所。
施術中泣き続けている怪しい、地雷を抱えているような私を「心と身体は繋がっていますから。」「大丈夫です。」といつでも迎え、気持ちを支えてくれる先生。
職場の異動は、まさに、私をリヒトに繋げるためにあったかのような出会いと別れ。
この仕事を始めて19年。平日3日間休みを取るというあり得ないことを、同僚2人、快く承諾してくれ、動き始めることができた。
3日間のリヒトの初日、2人共異動辞令が出たという連絡をLINEで受け取り、動揺。
たった6カ月の縁。
リヒトから戻って出勤した初日、2人はもう居なかった。お別れもお見送りもできなかったこのタイミング。
そして、断捨離のこの場。
2年前に堕ちた時から、声をかけて、気にかけてくれたみんな。個別にLINEをくれたり、ご飯食べにいこうと連れ出してくれた人、百合の花を買って帰れたほんの小さなことを…「私を見てって、私ここにいるよって言ってるんだよね」…と喜び褒めてくれた人、共にリヒトへ行ってくれた人。
音読や講座で話をして、言葉を、気持ちを引き出して貰って、意識を少しずつ入れ替えて。
「その時の自分のことをどう思ってあげるの?」「 悲しかったんだね。苦しかったんだね。頑張ったねって認めてあげる。」 「怒りを感じなさい。こんな扱いをされる自分であってはならない!と。それが生きる原動力になるから。」と何度も何度も揺さぶり続けてくれた理恵さん。
リヒトの日中は楽しいだけだったけれど、「美味しいね」とふいに言っても言葉が返ってくる、目を上げたら誰かと目が合って微笑む。
そんな場が、ここリヒトにはある、私にもあるんだと。
どんなに安心を貰っても、大丈夫を貰っても、信じているはずなのに、感じられているはずなのにすぐひっくり返ってしまって苦しかった毎日。
窓からの景色を見ながら、私は一人じゃなかったと、じんわり体に広がっていく感覚を味わっていました。
リヒトから帰って、少し人に怒りを感じることができた。
止まらないように始めたことが、必要だと思っていたけれど、未来不安からだったと気づいた…いえ、変化したことに気がついた。
どんなに食事会が続いても、右肩下がりに下がっていた体重。リヒトで一汁一菜だったのに、少し増えた体重が戻らない。
『何を食べるかでなく、どんな環境で食べるか』…というのはこのこと?と驚きを感じた。
新たな職場のメンバーはキツイ、自己中心的。
あり得ないと思いつつも、自分を軸に生きるということを、私に教えてくれるためにやってきた人達?と思い始めている。
2年前堕ちたことも、あまりにも苦しかったけれど、自分を取り戻すために必要なことだったんだ、と今は少し思える。
まだまだ道半ばですけれど、薬も手放せないけれど、
「私は流れの中にいる」
それを少し信じられる、暗闇の向こうに細い光が見え隠れしている、そんな今です。
支えてくれた理恵さんと皆へ、沢山の感謝を込めて。